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大津地方裁判所 昭和47年(レ)3号 判決 1972年10月16日

控訴人 大字村井

右代表者総代 郷間源一郎

右訴訟代理人弁護士 吉原稔

被控訴人 正野ヨシ子

右訴訟代理人弁護士 信正義雄

控訴当事者参加人 郷間源一郎

主文

一、控訴人の被控訴人に対する本件控訴は、これを棄却する。

二、被控訴人は、控訴当事者参加人に対し、別紙物件目録記載の各土地につき被控訴人名義持分二分の一につき、移転登記手続をせよ。

三、控訴当事者参加人と控訴人との間で、控訴人の被控訴人に対する別紙物件目録記載の各土地の被控訴人名義持分二分の一についての移転登記請求権および大津地方法務局日野出張所昭和四四年四月三日受付第六四七号辻惣兵衛持分全部移転登記の抹消登記請求権は、いずれも存在しないことを確認する。

四、当審における訴訟費用は、参加人について生じた分は、控訴人および被控訴人の負担とし、被控訴人について生じた分はこれを一〇分としてその九を控訴人の負担とし、その余は各自の負担とする。

事実

第一、当事者の求めた裁判

(控訴人)

一、被控訴人に対し、

(一)、原判決を取消す。

(二)、別紙物件目録記載の各土地(以下本件土地という。)の被控訴人名義持分二分の一につき、控訴人が該共有持分を有することを確認する。

(三)、被控訴人は、控訴人に対し、本件土地につき大津地方法務局日野出張所昭和四四年四月三日受付第六四七号辻惣兵衛持分全部移転登記の抹消登記手続をせよ。

(四)、訴訟費用は、第一、二審とも被控訴人の負担とする。

二、控訴当事者参加人(以下参加人という。)の請求に対し、参加人の請求を棄却する。

(被控訴人)

一、控訴人の請求に対し、

主文第一項同旨、および控訴費用は控訴人の負担とする旨の判決。

二、参加人の請求に対し、

(一)、参加人の請求を棄却する。

(二)、訴訟費用のうち、参加により生じた分は参加人の負担とする。

(参加人)

主文第二、三項同旨および訴訟費用は、控訴人および被控訴人の負担とする旨の判決。

≪以下事実省略≫

理由

一、控訴人の被控訴人に対する請求について。

(一)、まず、職権により控訴人が権利能力なき社団として当事者能力を有するか否かにつき判断する。

権利能力なき社団が成立するためには、団体としての組織をそなえ、多数決の原則が行なわれ、構成員の変更にかかわらず、団体が存続し、その組織において代表の方法、総会の運営、財産の管理等団体としての主要な点が確定していることが必要である(最高裁昭和三九年一〇月一五日第一小法廷判決集第一八巻第八号一六七一頁参照。)。

さて、≪証拠省略≫を総合すると、

1、控訴人は、蒲生郡日野町大字村井に居住する住民約二五一世帯をもって構成するいわゆる部落共同体であり、既に明治時代には成立し、以後構成員の変更にかかわらず、部落共同体として存続してきたこと、

2、控訴人には、現在大字村井規約(昭和四〇年六月七日施行)があるが、以前にも右規約とほぼ同内容の規約があり、右規約によれば、控訴人は共同体として、「①、耕地、水利及び道路等公共施設の改善並びに管理を行なう。②、大字村井小作林の育成、管理及び共有財産の保護、管理を行なう。③、小作料の取立。④、農・商・工業の向上発展に寄与する。⑤、その他住民の福祉増進を計る。」等の事業を行なうことをその目的としていること、

3、さらに、右規約によれば、「①、代表者として総代を一名選出するが、右選出は最終的には住民投票によって行なう。②、最高議決機関として総会を設け、共有財産の処分や予算、決算の承認等重要な事項については総会構成員の三分の二以上の賛成により決定するものとする。③、共有財産の管理、運営については担当の役員を設けてこれにあたらせるものとする。」とされており、右機関の設置、運営は実際その通り実施されていること、

以上の各事実が認められ、他に右認定を覆えすに足りる証拠はない。

右認定の事実によると、控訴人は、前記権利能力なき社団の成立要件を満しているものというべきであるから、民事訴訟法四六条により、当事者能力を有するものといえる。

(二)、そこで、まず、控訴人が被控訴人に対し本件土地の辻惣兵衛持分全部移転登記の抹消登記手続を求めている点について考える。

およそ、不動産登記法は、登記申請書につき法人格なき社団に関する規定なく(同法三六条一項二号参照)、法人格なき社団では代表者の権限を登記簿抄本などで公証しえず、また、右社団の印鑑証明(同法施行細則四二条参照。)を認める法規もないので、同法は権利能力なき社団自体には登記能力を認めていないものといわざるをえない。

そうだとすると、元来登記名義の帰属に関する利害追及のため登記申請についての協力を実体法上求めるべき登記請求権については、それが抹消登記を求めるものであるとしても、かかる登記能力を欠く権利能力なき社団には、これを認めるべき理由がないというべきである。したがって控訴人は右抹消登記手続を求める登記請求権を有しないものというべきであるから、控訴人の右請求は、その余の点について判断するまでもなく理由がない。

なお、この点につき被控訴人は、控訴人は登記能力を有しないから原告適格を欠き、控訴人の右抹消登記手続を求める本訴部分は不適法であると主張するけれども、給付の訴えでは、原告適格は、原告において訴訟物たる給付請求権の権利者であると主張する訴訟内で明らかな事実により満たされるものと解すべきであるから、控訴人(第一審原告)は右請求につき適格を有し、したがって、被控訴人の右主張は理由がない。(以上最高裁昭和四七年六月二日第二小法廷判決参照)。

(三)、次に、控訴人は、本件土地の被控訴人名義持分二分の一につき、共有権を有することの確認を求めるので、この請求の当否につき判断する。

1  本件土地のうち大字村井字東川原一五七〇番および同所一五七一番の各土地が、いずれも、もと西田む免の所有であり、同所一五七四番の二の土地がもと小椋亀吉の所有であったとは、各当事者間において争いがない。

2  ≪証拠省略≫を総合すると、

(1)、本件土地は、その附近の土地とともに水泳用プールの敷地であって、このプールは控訴人である大字村井が昭和一〇年頃から建設を計画し、その敷地買収費、建設費は同大字の住民の寄附により、同じく住民が無償で建設作業の一部に従事するなどしてその後間もなく完成し、爾来控訴人においてこれを維持管理していたこと、

(2)、このプール敷地である本件土地は、建設の当初から控訴人に引渡されていたが、その所有権移転登記(前記西田の分は昭和一〇年一二月二四日付、同小椋の分は同一二年八月一一日付)については、控訴人の総代であった正野玄三(先代)と同じく農事総代であった辻惣兵衛の共有名義で取得登記がなされた。昭和四三年一〇月、日野町がその町営水道の施設用地として右プール敷地全部を買収することになり、同月三〇日に右登記名義人とではなく控訴人と日野町との間に右敷地売買契約がなされたところ、その所有権移転登記につき、本件土地については正野と辻の両名の協力を要し、本件土地以外のプール敷地部分についてはなお西田む免と市田寅吉の所有名義になっていたためにこの両名の協力を必要としたが、辻を除いた三名はプール敷地となっていた土地は控訴人の所有であって登記名義人には実体上の権利がないものとして日野町への所有権移転登記に協力したが、辻だけがこれを拒否したこと、

(3)、辻は終戦後、日野町にあった財産をすべて処分し、大阪の方へ移転したが、本件土地の共有持分名義についてはそのまま放置していた。

事実を認定できる。

この認定事実のように本件土地は西田又は小椋から売渡された直後から控訴人の建設したプール敷地に供され、このプール敷地買収費は控訴人の住民の寄付によったものであり、登記名義人である正野や辻において何ら実質的支配をすることなく経過し、辻以外のプール敷地の所有名義人はいずれもプール敷地の土地は控訴人の所有であるとの認識を持っていたような諸点からして、本件土地はその登記名義にかかわらず、実体は西田、小椋から控訴人である大字村井が買受けたものであるが、登記については、前記のように権利能力ない社団である控訴人には登記することが認められなかったため、控訴人の代表者格である正野および辻の共有として登記されたものと認めるのが相当である。≪証拠省略≫には、本件土地が正野、辻の共有で大字村井ないし日野町に貸与または寄附したかのような記載があるけれども、他方≪証拠省略≫によれば昭和四〇年八月二〇日なされた、前記正野玄三(先代)の遺産分割においては、同人の相続人も本件土地を分割対象である相続財産から除外していることが認められる等の点と対比すればこれのみでは右認定を覆すことはできず、その他口頭弁論に提出された全証拠を検討しても右認定を左右するものはない。

3  しかしながら、被控訴人は、仮定抗弁(三)、において、控訴人は本件土地を昭和四三年一〇月三〇日日野町に売り渡したから、所有権を喪失したと主張し、右売買の事実は、各当事者間において争いのないところである。

してみると、控訴人は、被控訴人主張のように、本件土地の所有権を一旦取得したけれども、その後日野町に売り渡したことによりその所有権を喪失したものといわなければならない。

もっとも、所有権移転の時期については、特約があれば右と異なる時期に移転するものとすることもできるが、控訴人は、右特約についてはなんら主張をせず、ただ、辻名義の登記が被控訴人名義に移転登記されたために、日野町に移転登記をすることができなかったが、そのことは、所有権移転の障害事由というべきであるから、被控訴人名義の持分は、いまだ日野町に移転していないと主張するにとどまるのであるが、右移転登記をすることができないという事由は、所有権移転の障害事由とはいえないから、右主張は理由がない。

4  したがって、被控訴人の前記抗弁は理由があるというべきであるから、控訴人の被控訴人に対する前記共有権確認請求も理由がない。

二、参加人の被控訴人に対する請求について。

(一)  まず参加人が控訴人の代表者たる資格を有するか否かにつき判断する。

≪証拠省略≫を総合すると、参加人が控訴人の前総代田中忠二の後任として、総代に選出せられ、現在控訴人の代表者たる地位にあることが認められる。

(二)  そこで、参加人の控訴人に対する登記請求権の有無について判断する。

1(1)  本件土地は、控訴人が前所有者の西田および小椋から買取ったが、権利能力なき社団である控訴人に登記能力がないため、その代表者格であった正野、辻の両名の共有名義に所有権取得登記をしたことは前説示のとおりである。

このような場合における法律関係について考えるに、権利能力ない社団が不動産を取得し、その対抗要件である登記の効力を享有する方法は社団構成員全体より端的に所有権そのものを信託的に代表者等に移転した上でなす等種々考えられるけれども、本件においては、社団の代表者である総代の正野のみならず、農事総代である辻との両名共有名義に登記がなされていること、右両名は、本件土地についてはなんら実質的な支配をすることなく経過したこと、社団に属する財産の処分その他財産上の事項は社団の構成員の総会において決定することになっていること、控訴人が一定地域(部落)の住民から構成されている営利の目的のない社団であるところから右のような財産の管理方法は決して不適当ではないと考えられること、控訴人は大字村井に居住する住民約二五一世帯をもって構成されている社団で、その構成員数からして相当規模の大きい社団であって、代表者と各構成員との関係はかなり希薄なものであると考えられることなどからして、正野および辻は控訴人の構成員でありその代表者格であったとの立場において、控訴人からの委託によって単に登記名義のみを貸与して本件共有登記をしたものと解するのが相当である(本件においては、社団が右両名に本件土地の所有権までをも信託的譲渡したものではないことは、後に(3、(2))説示するとおりである。)。

そして、その場合の社団と右両名との法律関係は、社団の代表者である正野については、その代表事務の一内容として包括的に、社団の代表者ではない辻については特に個別的に、右両名にその個人名義で登記をすることを委任する旨の社団の意思決定に基づく委任契約と解するのが相当である。

そうすると、受任者であった者が、その構成員の地位を喪失するなり、または代表者たる地位を失って新しい代表者が生れたような場合には、原則として前記委任関係は終了し、前受任者は、民法六四六条の趣旨に基づき登記事務についての包括的受任者たる新代表者もしくは新たに委託を受けた構成員に対し登記名義を移転すべき義務があるものといわなければならない。

(2) ところで、≪証拠省略≫によると、辻は昭和四〇年五月二日には大阪府豊中市に住所を移転したと認められるから、その時には控訴人と辻との前記委任関係は終了し、辻は控訴人の現在の代表者たる参加人に対しその共有持分の登記を移転すべき義務がある。

2  被控訴人が辻から本件土地に対する辻の共有持分全部を譲受けたとして昭和四四年六月九日付で右共有持分全部の移転登記をなしていることは当事者間に争いない。

3  被控訴人は、右共有持分取得行為あるいはその辻惣兵衛持分全部移転登記の効力に関し次のとおり抗弁するので、以下順次判断する。

(1) 抗弁(一)、の正野および辻が真実本件土地の所有権を取得し、被控訴人が辻からその共有持分を取得したものであるとの主張について。

正野および辻が単なる登記名義人にしかすぎず、本件土地の真の所有者が控訴人であったことは前記認定の通りであるから、右主張は理由がない。

(2) 抗弁(二)、1、の正野および辻は、本件土地の所有権につき、信託譲渡を受けたものであるとの主張について。

およそ、信託とは、財産権の移転その他の処分をなし、他人をして一定の目的に従い財産の管理または処分をなさしめることをいうものであるところ、前記のとおり、控訴人は本件土地の所有名義を右正野および辻に委託して取得せしめてはいるが、これは控訴人に登記能力のないためやむなくとった手段であったものであるから右登記名義取得事実から直ちに、控訴人が右両名に本件土地につき前記の如き対抗要件の効力享有のための手段としては必要条件でなく、むしろ過剰な行為ともいえる右管理、処分権を与えた事実を推認するに足りず、他に右処分権等付与事実を認めるに足る証拠はない。したがって右主張は理由がない。

(3) 抗弁(二)、2、の虚偽表示の主張について。

本件共有登記がなされるに至った経緯は、前記認定のように控訴人が所有権者として登記の必要にせまられながら、権利能力なき社団であるため社団名義で登記できないため、やむなく登記名義を控訴人のために取得する旨の真実効果意思を有する委任契約に基づき正野および辻両名の共有名義にしたにすぎないのであって控訴人自身が登記名義人となる真正な登記が可能であるのに敢えてこれをせず、何ら効果意思なく登記原因ないしは登記を仮装した場合のような本来保護に値しない類型の行為とは、本質を異にするから、控訴人と右両名との間に登記につき虚偽表示がなされたものとし、あるいはこれと同視すべきものとすることは相当ではなく、したがって、右主張は理由がない。

(4) 抗弁(二)、3、の控訴人の信義則違反の主張についても、本件共有登記がなされるに至った経緯は、前記認定の通りであり、右経緯からして参加人が被控訴人の持分取得行為あるいはその辻惣兵衛持分全部移転登記の無効を主張することに信義則に反するいわれはなく、他に特別の証拠もないから右主張は理由がない。

(5) したがって、被控訴人の前記抗弁は全て理由がなく、被控訴人の辻からの前記持分取得行為は、辻が単なる登記簿上の名義人にしかすぎず、本件土地の真の所有者は控訴人であったことは前記認定の通りであるから、無効のものというべきである。

4  右1、2、3、に説示したところによると、被控訴人は、辻に対して前記辻惣兵衛持分全部移転登記の抹消登記手続をなし、さらに辻は、同人名義の共有登記を参加人に移転登記手続をしなければならない関係にあるが、このような場合、物権的実体権利関係と登記との不一致を除去し、本件土地を控訴人から買い受けた日野町に辻名義の共有登記を移転登記するために、参加人は直接被控訴人に対し、本件土地の同人名義の持分二分の一につき移転登記手続を求めることができるものと解すべく、被控訴人は右移転登記に協力すべき義務があるものというべきである。

蓋し、右は一種の中間省略の登記ではあるが、辻の右共有登記は、それに至った経緯から明らかなように、いったん中間者たる辻に登記を回復しなくても、物権変動の経過をそのまま登記簿に反映させようとする不動産登記法の建前をそこねることはなく、辻においても前記登記名義を取得した原因たる委任契約の法律的性質上、その解消後の現在において、しかも右登記を元々移転すべき相手である参加人との間において、いったん自己に登記名義を回復すべき法律上の利益を有しないものと認められるからである。

5  ところで、被控訴人は、抗弁(三)、において、控訴人は本件土地を昭和四三年一〇月三〇日日野町に売り渡したから現在本件土地の所有者ではなく、したがって控訴人が本件土地を有することを前提とする参加人の請求は理由がないと主張する。

なるほど、控訴人が本件土地を日野町に既に売り渡し済みであり、現在本件土地の所有者ではないことは前説示のとおりである。

しかしながら、前記認定の参加人の被控訴人に対する抹消登記等に代わる持分移転登記請求権は、元々物権的請求権の一種であるものではなく、債権的請求権たる性質を有するものであって実体的な権利変動と登記との不一致を除去し、さらに日野町に持分移転登記をするために認められるものであるから、控訴人が本件土地を日野町に売り渡し所有権を喪失したとしても、元来右登記請求権の性質上なんら影響を受けることはないものといわなければならず、したがって、被控訴人の右主張は理由がない。

三、参加人の控訴人に対する請求について。

控訴人は、被控訴人に対し、当審において被控訴人の前記辻惣兵衛持分全部移転登記の抹消登記手続を求めており、さらに原審においては主体的に控訴人の代表者に被控訴人名義持分二分の一につき、該共有持分の移転登記手続すべきことを求めていたことは一件記録により明らかである。

しかしながら、控訴人は権利能力なき社団であって前説示のとおり登記能力がないから、控訴人の代表者たる参加人のみが被控訴人に対して登記請求権を有するものというべきである。

したがって、参加人の控訴人に対する、参加人と控訴人との間において、控訴人の被控訴人に対する本件土地についての前記持分移転登記請求権および被控訴人の前記辻惣兵衛持分全部移転登記の抹消登記請求権はいずれも存在しないことの確認を求める請求は、理由がある。

四、よって、控訴人の被控訴人に対する本訴請求を棄却した原判決は相当であり、本件控訴は理由がないから、民事訴訟法三八四条により棄却し、参加人の控訴人および被控訴人に対する各請求は理由があるから、これを認容し、当審における訴訟費用の負担については、同法八九条、九二条、九三条、九四条、九五条を各適用して主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 石井玄 裁判官 杉本昭一 木村修治)

<以下省略>

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